CASIO 162-F

※謝辞
 このページを作成するにあたり、生産終了モデルにもかかわらず、私の不躾な質問に快く・丁寧に御回答頂いた「カシオ計算機株式会社・お客様相談室」の皆様に、この場を借りて深く感謝いたします。

 CASIO 162-F(以下"162-F"と略)は、1975年7月に発売されたVFD(蛍光表示管)表示の16桁・加算器方式電卓です。162-Fの主な仕様は、以下の通りです。

当時のカタログ

 1.型式:CASIO 162-F
 2.大きさ:幅207・奥行273・高さ74(単位:mm)、重量:1.47kg
 3.電源:AC 100/117/220/230/240V 消費電力:4W
 4.桁数:置数16桁・加減乗除16桁・平方根結果15桁・アイテムカウント4桁
 5.表示素子・状態表示:VFD(蛍光表示管) ・ 負数(-)、定数計算(K)、エラー時"E"(Eは最下桁に表示)

 6.搭載メモリー:7本(独立累計1、定数(K)1、指定[I〜V]5)
 7.小数点方式:浮動(F)、切捨て(CUT)、切上げ(UP)、四捨五入(5/4)
 8.丸め計算:小数点以下第0,1,2,3,4,6,8位と、整数部10,100,1000,10000の位(合計11段階)
 9.定数計算:乗除のみ(加算器方式のため)
10.主な計算機能:四則計算、各種定数計算、合計計算、割増割引計算、多集計計算、アイテムカウント・メモリアイテムカウント(共に最大9999個まで)、百分率(%)、平方根(√)、逆数(1/x)、べき乗(aのn乗:ただし指数部(n)は整数のみ可)、サインチェンジ(+/-)など

11.特殊計算機能:統計計算、日数計算
  統計計算:標準偏差(σn,σn-1)、平均値、データ個数、和、二乗和)
  日数計算:曜日計算、二つの日付間の日数計算(片落)・なお計算範囲は「西暦1000年1月1日〜西暦2738年1月25日」まで
12.標準小売価格(
当時): 65,000円

※型番について

 型番の頭にアルファベットの付かない「ナンバー・シリーズ」の一台です。当時のカシオ製電卓ではほぼ共通ですが、型番・数字部の上2桁(1桁)が使える桁数、下一桁がメモリーの本数、ハイフンの下のアルファベットがモデルの識別記号(最初はA、VFD使用モデルはSなど)、といった扱いになっています。
 162-Fの場合、上二桁の「16」で16桁電卓である事をあらわし、「2」はメモリーが2本(指定メモリーは除く)、「F」は「Function(関数)」の略ではないかと思われます。

※製品の概要

 製品的には、1973年発売の16桁電卓「√162-S」をベースとして、コンパクト・低消費電力化と機能拡張を図ったモデルとも言えます。発売当時は、カシオ実務電卓の最高クラスに位置した製品でしょう。
 AC 100Vだけではなく、電源電圧は5段階に切り替える事が底面ロータリースイッチの操作で可能。日本国外での使用にも対応しています。

 底面積はA4用紙よりわずかに小さいくらいですが、当時16桁電卓でこのサイズは相当コンパクトです。当時の12桁実務電卓でも奥行30cm以上が珍しくない時代でしたので・・・
 また「関数電卓博物館」様に画像がある「CASIO fx-3」とは、外観やキー形状、一部キー配置などが同じです。その上に発売年の1975年(162-Fは7月、fx-3は8月)・標準小売価格の65,000円も全く同じ。相互に共通の部品が多く使われているものと思われ、162-Fとfx-3は正に双子のような機種と言えます。

※16桁表示部

 16桁という多桁機ゆえか、数字の表示はあまり大きくありません。前機種の「√162-S」(「電卓博物館の"カシオ・デスクトップ電卓"」に画像あり)と比べても、一回り小ぶりな表示と思われます。もっとも小型でもVFDの表示は十分明るく、視認性は良好。ちなみにVFDはNEC製で、16桁+状態表示部を円筒形のガラス管へ一列に封入したタイプです(下図)。「4」の表示時は、数字右端に小さく突起が表示されます。

※キータッチについて

 キーの感触は、一言で言うと「電子式レジスター」のキータッチです。カシオは同じ年に初の電子式レジスターを発表しているので、162-Fとfx-3にも採用してみたのでしょうか?
 キーを押す力の弱い人は、押したとき最初に感じるフワッとした感じが好みでは無いと思います。中間から強めのキー操作をする人には、クリック感は弱いですが確実に入力できますし、問題は無いでしょう。なお当時の高級機でもあり、耐久性は抜群に良いと思われます。
 またキーの大きさですが「経理・財務のプロが高速・大量にデータ計算をするには、今一つ小さい」と思います。キーの間隔は十分ですし左手での早打ちも可能ですが、16桁や統計計算に価値を見出さない限りは、別の加算器方式電卓が使いやすいかな?とも思います。
 最後に各キーの入力音は静かで、うるさくありません。今は「サイレント・キー」という、音があまり出ないキー搭載の実務電卓がありますが、当時もキーを叩く音の大きさでメーカーに要望があったのでしょうか。

※演算機能について

 四則以外の計算機能は非常に多機能、かつ豪華です。べき乗・逆数・平方根に、MR/MC/M+/M-の独立累計メモリーに加えてKin/Koutの定数メモリーを固定で搭載しています。全て単独のキーが割り振られているので、操作性は抜群です。
 丸め計算も「切捨て・切上げ・四捨五入」は当たり前。桁数も小数点以下第8位まで&10, 100, 1000, 10000の位まで可能という、今ではまず見られない多段階ぶりです。考えられる目一杯の設定を入れたと思われます。
 そして入力データ(アイテム)のカウントは、通常計算・累計メモリーとも9999個まで。次の日数計算もそうですが「普通そこまで使わないでしょ!?」(苦笑)という仕様になっています。

※日数計算について

 日数計算は、年・月・日の順に[DATE]キーで入力すれば、左端に曜日の数字が表示されます。0=日曜、1=月曜・・・となり、6=土曜となります(本体右上方に対応表が印刷されている)。
 また二つの日付を入力して[-]キーを押せば、その間の日数が計算されて表示されます。閏年の計算も問題ありません。
 特筆すべきは、上に書いたようにその計算範囲の広さ。平安時代中期から700年以上後まで計算できます。都合1700年以上の万年カレンダーを搭載しているのと同じです。
 「平安時代に曜日ってあったのか?」「700年先までこの電卓が持つのか?」といった事はともかく、なぜにこんなに広いのか・・・「日数計算の限界にチャレンジしました!」という感じでしょうか。

※統計計算について

 統計計算についての説明の前に、左下のI〜Vのキーについて説明します。

 左下の「I〜V」のキーは、その上方にある機能スイッチの位置で以下のように内容が変わります。

a. MEMORY部
(1) 「IN」=メモリー・イン:表示された数値でI〜Vのボタンを押せば、押した所に数値が記憶されます。定数メモリーの[Kin]と同じ機能です。
(2) 「+」=メモリー・プラス:表示された数値でI〜Vのボタンを押せば、該当するメモリーに記憶されていた数値へ、表示された数値が加算されて記憶されます。累計メモリーの[M+]と同じ機能です。
(3) 「OUT」=メモリー・アウト:I〜Vのボタンを押せば、押した所に記憶されていた数値が表示されます。定数メモリーの[Kout]と同じ機能です。
(4) 「C」=メモリー・クリア:I〜Vのボタンを押せば、押した所に記憶されていた数値がクリアされ、ゼロになります。累計メモリーの[MC]に相当します。

 入力した数値を呼び出すには、そのたびに機能スイッチを「IN」か「+」→「OUT」に持っていく必要があります。面倒ですが162-Fは他に累計/定数メモリーがありますし、「OUT」にすれば誤操作によるメモリー内容消去を防げるので、これも一つの考え方かと思います。

b. SD(統計)部
・このモードでは、統計計算の結果が自動的にI〜Vの各メモリに入り、キーは全て[MR]と同じ扱いになります。なお機能スイッチ切替だけでは、それまでI〜Vに入っていた数値は残っています。そのためこのモードでは計算前に[AC]キーを押して、I〜Vのメモリをクリアする必要があります。

(5) 「n」=標本分散における標準偏差σnを求める。T=σn(標準偏差)、U=平均値、V=データ数、W=データの和、X=データの二乗和
(6) 「n-1」=不偏分散における標準偏差σn-1を求める。T=σn-1(標準偏差)、U〜Xは(5)と共通

 統計計算でデータ入力を行う場合には機能スイッチを「n」または「n-1」にし、数値を入力した後に[PROGRAM]キーを押してデータを入力します。
 つまり[PROGARAM]キーは、関数電卓などにある計算プログラムを書き込むためのものではありません。「162-Fに内蔵された統計計算プログラムを呼び出し、データを確定入力する」ための専用キーです。
 なお「n」「n-1」以外の機能スイッチの位置で[PROGRAM]キーを押すと、エラーになります。

 当時の関数電卓でもσnはfx-3や122-Fなどで計算可能でしたが、σn-1を直接計算できる電卓はまだ無かったように記憶しています。
 σn-1を求められる、国産最初の電卓だったかもしれません。

※まとめ

 このモデルですが、先に書いたように財務・経理のプロ向けという感じではありません。むしろキータッチや表示の面などで、彼らには不評だった可能性があります。35年前で65,000円と相当の高額商品でしたし、ネット上で162-Fに関する情報が全く無い事からみても、出荷台数は非常に少なかった可能性があります。

 結局162-Fは、実務電卓で「必要と思われる機能をどれだけ搭載できるか、どこまで出来るか」に挑戦したような製品です。
 売れる売れないは二の次というか、自社の技術や機能を惜しげもなく詰め込んだ実務電卓。「カシオは、ここまで出来ます!」的な事をアピールするための究極のオールラウンダー、メーカーの象徴的モデルとして出たのではないでしょうか。
 そうでなければ、1700年以上も計算可能な日数計算・9999アイテムまでカウント可能・11段階にも及ぶ丸め計算・σn-1がワンタッチで求められる統計機能など、当時の実務電卓から見て「あり得ないほど高スペック」にする事は無かった、と思います。

 しかし当時、このモデルは何台くらい売れたのでしょうか・・・


162-Fの内部について

162-Fのオモシロイ現象


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